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おにぎり。人民航空の機内食。

24日は水曜日。朝5時の電車に乗ってモノレールに乗り継ぎ、6時15分に羽田空港国際ターミナル。早いめにチェックインして、ターミナルがオープンして初めてゆえ2階の食堂街を探訪。成田第1、第2より格段にバリエーション、価格ともに良心的です。
同行のコニシシと合流し、カステラとタバコを購入してゲートへ。我々は非喫煙者ですが、中国でタバコは労働現場の通貨がわりになります。ゲートで内儀のつくってくれたおにぎりを食べました。
北京行きの人民航空(今は中国国際航空といいます)8時半発に乗ると、機内食。ヌードルを選ぶと、よくあるインスタントヌードルに白黒ソースと、半熟たまごが絡まっています。白黒ソースというのは、混ぜかたがぞんざいなので、黒ソースがかたまっているところと、まったくからまっていないところが混在しているということです。こんな混ぜかたができるということは、この機内食は北京で積み込んだものに違いありません。くだものはスイカとメロン。さらにヨーグルト。ヌードルはぞんざいな割には、喰えなくはないレベルでした。
北京で荷物を受取り、そのまんま乗り換えカウンター。ゲート近くのコンビニでビールを購入。コニシシは天津甘栗を欲したのですが、4パッケージ入りの大袋しかありません。
「小さいのはないの?」
「4つはいっているからお得です。」
「小さいのはないんだね?こんなにたくさんいらないんだけれど。」
「小さいのが4つ、はいっています。お得です。」
売り子さんと不毛な会話を交換し、あきらめてゲート近くのベンチで乾杯。
我が輩がリラックスして不毛な会話を楽しんでいるので、コニシシは怒らなかったようです。
13時、湖南省長沙行きのフライト。機内食は鶏肉飯もしくは牛肉麺。麺をたのんだら、真っ黒で脂ぎった麺が入っています。食べてみると、異次元の味がいたします。しかし周囲を見渡すと、同志人民はみな黙々と食べています。楽しまない食事もあるということを悟りました。
モダンな長沙空港は未完成で、コンクリートの粉塵が舞っていました。山東省青島からほぼ同時刻に飛んできた王さん屠さん崔さんに出迎えられ、そのまんま重機会社オフィスに拉致され、企業紹介のプレゼン。その後、長沙組と合流し、大蓉和という湖南伝統料理レストランの星沙店に拉致され夕食会。
長沙の古名は湘。湘菜というのは、中華料理でひとつの大きな勢力圏を形成している名菜です。「湘菜辣。」という定説で、劇辛。いっぽう王さん屠さん崔さんの3名は山東省青島の人。辛いのはまったく得意でないそうです。王さんいわく、「魯菜鹹。」山東省の料理は塩辛いけれど辛くない。だから王さんから「なるべく辛くない料理をお願い」と長沙組に頼んでくれたので、助かりました。
料理で印象にのこったのは、包子つまり饅頭と麺が主流であること。南方なのに小麦文化、ということは乾燥地帯なのでしょうか。さらにキノコ料理。乾燥しているのにキノコ料理が多いのは謎ですが、かえって調べてみたら湖南省は有数の米作地帯でもあるようです。干湿の地域差が激しいということでしょうか。ちなみに炒麺条かと思ったら、なんとエリンギの薄切り炒めでした。そして唐辛子とにんにくを多用した肉、牛肉、鶏肉、うずら、山羊肉など。子山羊のリブのバーベキューはことのほか香り高く、白酒のいいお供です。
酒は、長沙組の黄さんいわく「白酒なら長沙では酒鬼。」酒鬼というのはアル中のことですが、ここでは白酒のブランドです。酒精50度。なかなか旨い酒でした。
製造業の接待なので2次会のカラオケはなし。ホテルについてチェックインし、シャワーを浴びてから近所のコンビニで水と石鹸を買い求め、コニシシにもデリバリーして、水をたくさんのんで寝ました。

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