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カレーヌードル。クアラルンプールの中華。

7月30日。剣道は上半身と下半身を別々にトレーニングしたほうがじつはいいのだ、というような夢を見ていたら窓が開けられて朝日がはいり、朝食が配られ、我が輩は水とパイナップルの切片だけ摂取しました。
飛行機がクアラルンプールにぶじ着陸し、入管、両替、荷物検査を終えてKLエクスプレスの電車に乗ってセントラル駅。前夜のピッツア以外なにも食べていない腹ペコの一行は、駅のフードコートでカレーヌードルとビーフスペシャルヌードル。内儀がひさびさのカレーヌードルで感動。娘たちもビーフスペシャルヌードルで満足。ただし「スペシャル」の内臓煮込みはちょっと抵抗があったらしく、我が輩が食べました。

久しぶりのクアラルプール。家族といっしょに来たのは12年ぶりくらいです。高層ビルがずいぶん増えました。
タクシーでホテル。ホテルでは部屋が準備できるのが午後3時というので、チェックインを終えて荷物を預け、KLCCでショッピング。ショッピング中に外が豪雨。途中、フードコートで休憩し、メロンジュースとココナッツ割りジュース。

へとへとになってホテルに帰着。我が輩はとなりの福春にビールを買いに出ました。シャワーを浴びたらエミー林(リム)とジェーンちえちえ(姐姐) から電話があり、もうホテルの前に来ているんだと。旧友たちとダウンタウンの海鮮酒家で中華。エミー林とちえちえの、英語と広東語を交えたマシンガントークを堪能。10年ぶりというのに、ふたりはあんまりふけていなかった。

いろんなところで中華の人々と知り合ったけど、マレーシアの中華民族は世界でいちばん幸せな中華じゃないかな。なにかあったら家族親族友人たちであつまって中華料理を食べたり、その中華料理がとても旨くて値段が庶民的だったり・・っていう意味で、中華文化のいちばんいいところを楽しんでいる気がする。南方の血と混血しているので彫りの深い美人も多く、豊かなところなので体格もいい。ちゃんと中国語も伝えていて、基本的な漢字は読める人が多い。しかもクアラルンプールでは祖先の福建語、広東語、そして最近は北京語も勉強している。首相の汚職糾弾デモがあるかもしれないという噂をよそに、夜の街は賑わっていて、ざっくりといえばダウンタウン全体が巨大なショッピングモール。高層ビルのあいまに昔ながらの平屋のメシ屋街があるというのもここならでわの風情です。

食後にちえちえの自動車でざっとダウンタウン観光。マレーシア政府がイラン人向け投資特典を実施したということで、イラン人街ができていました。なるほど、だからマハン航空が直行便を出すのだな。相変わらず混雑しているジャラン・アローの屋台街。スターフルーツ。ドゥリアン。マンゴスチンの屋台。手羽焼き屋。

今回の旅は花子の生まれ故郷探訪という趣旨。花子も月子も終始ごきげんでした。ホテル帰着が夜11時。内儀と黒ビール(ロイヤルスタウト)を飲んで寝ました。

「ワシら、テヘランちゅうクッションがあったからよかったけど、イスラマバードからここに直接来とったらアホになってたかもね。」
「最高の場所やけど、ここにおったらアホになるよ。毎晩スタウト飲んでデブになって。」と我が輩。
内儀も同感でした。

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