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そら豆サラダ。焼きそば。がんもどき煮。鶏肉セロリトマト煮。などの残りもの。

金曜日。たいして酒も飲んでいないのに内儀は二日酔い。昼前の朝ごはんは焼きそばとカンもどき煮の残りを温めました。午後はテレビ映画など。夕刻、開高健の「輝ける闇」再読。秘蔵のブラック・グラウスを飲みながら。これはフェイマス・グラウスの上級版で、
特別な秘密の在庫なのだ。我が輩はそら豆のサラダを食う。内儀は料理の魔女だ。彼女のそら豆サラダは誰もかなわない。
 アルボルズの山々に雲がかかる夕方である。
「文学は膨らましだけじゃない。三島由紀夫みたいに膨らますのだけが芸なのではなく、
開高健のように削るのもまた文学なのだ」
と谷やんに言ったのは昨晩のことか。
 モスレムに改宗したくせに割礼もせず、豚玉イカのせお好み焼き豚肉と酒への未練を断ち切れない谷やんなのであった。

我が輩はブラック・グラウス、秘密の在庫をきっちり2杯飲む。
こんなハードボイルドな夕方は、岩上ユタカさんのアパートに転がり込んだ1987年以来だ。我が輩と同じ年の岩上ユタカさんは、夕刻に歩いていけるタカホー駅前のスポーツバーに出かけ、ルールのわからないアメリカンフットボールをテレビで眺めつつ、ビールやスコッチを飲んだのだった。

そんなハードボイルドな日々も遠く過ぎ去った。
岩上ユタカさんんはユダヤ系女性と結婚し、我が輩は流山の女性と結婚した。

アフガンでもイラクでも、アメリカ人がやっていることはベトナムと同じはずだ。
ウェイン大尉はジャック・ダニエルズを飲む。開高健もジャック・ダニエルズを飲む。
「夜がなくて昼ばかりだったらこの不思議の国では誰も死ぬものはあるまいに」
と開高健は書く。

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餡炊き

ほぼ5か月ぶりの更新です。 昨年12月に内儀が膵炎で入院して以来、正月に書き込んだだけでした。 それから内儀がまた入院して、合計で3か月ばかりの内儀の入院生活。我が輩は炊事洗濯+仕事の生活。気づいたことがいろいろありました。 年末に怒涛のようにやってくる冬野菜を、浅漬けやら柚子漬けやらに加工しておくと助かる。 大根を煮ると、大根にまつわるおかんの昔話がはじまる。1本の大根を12個に切り分けて大根を煮ると、おかんのおんなじ話を12回聞かなければならない。 餃子を出すと、「杭瀬の餃子屋」にまつわるおかんの昔話がはじまる。1パック6個のジャンボ餃子を焼いて半分だすと、おかんのおんなじ話を3回聞かなけらばならない。 おやつを出すと、その個数分、おやつにまつわるおかんのおんなじ話を聞かなければならない。 なんきん(かぼちゃ)を煮ておくと、おかんの受けがいい。おかんはなんきんにまつわる思い出話がない。 家事は無限に出てくるので、どこかであきらめて、けりをつけないといけない。テレビドラマで、亭主に家事のささいなことを指摘されてキレる奥様の気持ちが理解できるようになった。 弁当はきほん、毎日同じような内容でも、あったほうがいい。 電車で仕事場に通い、定常作業をするのが息抜きになる。 アルコール断ちした内儀につきあってアルコールの摂取量が激減。酒を飲み忘れても気にならない。 どの酒がよくてどの酒がよくないか、なんていうYouTubeの番組を「アル中どもがなんかゆっとるぞ」と、余裕で眺めることができる。 毎日いろんな料理の手数を繰り出す内儀は天才だと思う。 アサヒのノンアルの紺色の缶のやつは、まるでビールだ。 などなど。 3月末で内儀がぶじに退院したので、それ以来とても充実した日々をすごしています。 5月の連休で月花が帰省していました。楽しかった。 洞沢豆腐店の豆乳で自家製豆腐をまたつくりました。 ほぼ湯葉のような濃厚さで、好評でした。60度まで熱くせず、40度くらいでにがり30滴を投入してかき混ぜ、冷ますという手法です。 今日はひさしぶりに餡を炊きました。新豆なのであっという間に煮えて、うまく炊けました。 それと、黒豆を甘く炊いたやつのパックを買ってきて、黒豆蒸しパンをつくりました。油分を避けている内儀に好評でした。そのかわり、おやつにまつわるおかんの話を2回聞きました。 連休中に裏...

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