金曜日。朝はバルバリとクリームチーズ、そしてフレンチローストのコーヒー。月子の似顔絵を描いたりしていたらお昼。お昼は月子のつくったバナナパンケーキ。焼きたての東京バナナっていうくらいのふわふわ食感。バナナ大4本をフォークで潰し(これが我が輩に与えられた作業)牛乳でちょっとゆるめに溶かしたホットケーキミックス(イラン製)とあわせて焼くだけ。午後は読書。陳舜臣「風よ雲よ。」
夕方4時ごろ、内儀が「ラムチョップ食べよう!」というので、野菜サラダ、ポテトスライス焼き、そしてラムチョップ。我が輩がラムチョップ焼き係。うまかったけれど、台所も家族も羊臭くなりました。食後は引き続き読書。「風よ雲よ」読了。
奥書を見たら、この本は1973年に出てます。我が輩はまだ中学生で、背伸びして司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」なんて読んでいた頃だな。我が輩が最初に読んだ陳舜臣さんの本は「敦煌の旅」1976年。その頃にもっと「風よ雲よ」みたいなエンタテインメントを読んでいたら、人生が違った方向にいってたかもしれない。
陳舜臣さんは大阪外大でヒンディー語とペルシア語を学んだらしい。司馬遼太郎さんは同じころ同じ大学でモンゴル語をやっていた。やっぱり中国は周辺から眺めたほうがおもしろいと思う。
夕方4時ごろ、内儀が「ラムチョップ食べよう!」というので、野菜サラダ、ポテトスライス焼き、そしてラムチョップ。我が輩がラムチョップ焼き係。うまかったけれど、台所も家族も羊臭くなりました。食後は引き続き読書。「風よ雲よ」読了。
奥書を見たら、この本は1973年に出てます。我が輩はまだ中学生で、背伸びして司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」なんて読んでいた頃だな。我が輩が最初に読んだ陳舜臣さんの本は「敦煌の旅」1976年。その頃にもっと「風よ雲よ」みたいなエンタテインメントを読んでいたら、人生が違った方向にいってたかもしれない。
陳舜臣さんは大阪外大でヒンディー語とペルシア語を学んだらしい。司馬遼太郎さんは同じころ同じ大学でモンゴル語をやっていた。やっぱり中国は周辺から眺めたほうがおもしろいと思う。
コメント