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豚肉野菜炒め。ししゃも。椎茸の味噌汁。らっきょ。大雪。

連休最終日は朝から大雪。富士見らしくない重たい雪。朝は味噌汁と納豆と目玉焼きとご飯。第1回めの雪かきをしてから、灯油とコーヒー豆調達。 除雪車が出ていない国道は凍結しています。時速30kmくらいでノロノロ運転が正解です。なかには枝道で「スタッドレス履いとんやでワイ」みたいなスバラーがブイブイ飛ばしてたりして大丈夫かいな。このへんは皆スタッドレスで慎重に運転しとんやけど。 チモトさんの店が開いてました。お互い酔狂もんですな。コーヒーを飲んでいるうちに原村の風の村の社長さんがハイエースでやってきました。 ひさしぶりにチモトさんとこでゆっくり話を聞き、雪道を帰宅。反対側車線には結構トラフィックがあります。都会ナンバーばっかり。リゾート地から小淵沢ICまで行くのかな。ひょっとして中央道のどこかで通行止めになったのかもしれない。 帰宅してお昼はすがきやの味噌煮込みうどん。薄揚げ、ネギ、白菜などを内儀が入れてくれました。おいしい。熱い。あんまり熱いので、冷やご飯を入れました。 案の定、中央道は事故で通行止め。ご飯のあと第2回めの雪かき。内儀は茅野のじゅんこ宅に出発。内儀によると、茅野に入ったあたりから道路に雪が見えなくなったものの、国道20号線は大混乱。茅野からの帰りは原村経由で来たところ、道路が凍結していて怖かったとか。 夕刻、疲れた我輩はソファでうたた寝。夕食は豚肉野菜炒め。ししゃも。椎茸の味噌汁。らっきょ。いまは午後8時半。まだ雪がふりつづいております。

できあいのナポリタンとピッツアとワイン

土曜日。朝は目玉焼き、軽井沢ソーセージ炒め、(ふみちゃんが切っていた最後の)ピーマン炒め。ほうれん草サラダ。おかんをデイサービスに送り出し。昼前に月花と荷物を乗せて塩尻に向けて出発。途中、おにぎりとか弁当を調達。塩尻駅でふたりを見送り、塩尻の丸亀製麺。我輩は卵とじうどん。あれこれ買い物して帰宅したら、オカンもすぐに帰宅。夕食はできあいのナポリタンとピッツアとワイン。いやほんま、お疲れさんの1週間でした。

マカロニグラタン。茹で餃子野菜のネギ炒め油ソースかけ。

23日の金曜日は天誕で紋日。朝ご飯は野菜のお粥。午前中は洗濯とふわふわで乾燥。昼はパン。午後早くに塩沢温泉。ドイツ語系スイス人のレオ君と友達になりました。その足で茅野のサーティーワン。「大人って大人買いできるからいいね」と月子。うん、でもそれ全部食ったらエラいことになるのも大人ゆえ。夕食は余っていたマカロニで内儀のマカロニグラタンと、茹で餃子野菜のネギ炒め油ソースかけ。

中華:海老ちり。ニンニク炒飯。トマト卵。卵スープ。台湾焼きそば。油淋鶏。ほうれん草ニンニク炒め。豆腐チゲなど。

22日は近親者だけの火葬日。夕食は近所の福屋源で中華を調達。それと、豆腐チゲ。みんな深夜まで食べ、語り、飲み、酔っ払いました。

握り寿司。鶏の唐揚げ。野菜サラダ。

水曜日。我輩は午前中だけ出勤。午後はおかんの歯医者通院付き添い。帰宅したらフミちゃん親族がみんな揃っていました。清水閣下ご夫妻とせっちゃんが夕刻に到着。みなでフミちゃんを偲ぶ会を開催しました。

餃子。根菜サラダのネギ油ドレッシング。まぜご飯おにぎり。野菜スープ。いつもごはんの心配をしていたふみちゃん。

 前日2月19日の19時19分、富士見高原病院の19号緊急処置室でふみちゃんが旅立ちました。 19日の月曜日は定例のデイサービスセンターの日。いつものように16時30分にセンターを出発したバスが、おかんとふみちゃんを自宅に降ろしたのが17時前後。おかんは自室であれこれ整理やら居眠り、ふみちゃんは洗濯物をたたみ、夕食の準備を始めます。白菜とピーマンと生椎茸と鶏肉を冷蔵庫から出し、白菜を切り、ピーマンを半分切ったところでふみちゃんは包丁をまな板の上に置き、倒れました。ひょっとして作業のまえに、干し芋をひとつ食べたかもしれない。うしろの何かが気になって、包丁を置いたのかもしれない。とにかくピーマンを切った途中でした。タネはまだ除去されていない。八宝菜を作ろうとしたのかな。椎茸と鶏肉を刻み終わっていたら、ガスレンジに火をつけていたかもしれない。 いつもなら18時前におかんの部屋を訪ねるふみちゃん。ふみちゃんがやってこないので、台所に見にいったおかんが、倒れたふみちゃんを発見。それがおそらく18時前後。 おかんは内儀に連絡しますが、仕事中の内儀は電話に気づかない。おかんがじゅんこに電話したのが18時18分。じゅんこが救急車を呼んでくれました。 18時28分に富士見駅に到着した電車を降り、7分後に横断歩道橋の手前に到達したところで救急車を見た我輩。歩道橋の上から眺めていると、救急車は拙宅のほうに曲がります。 「裏のくわえタバコ散歩爺もいよいよか。」と眺めていると、救急車のぴこぴこは拙宅のほうで停まります。我輩が走って帰宅すると、救急隊がまさに玄関に入り、ふみちゃんの入れ歯を外して気道確保したところ。 救急車に同乗して病院に到着したのが19時11分。内儀とじゅんこが病院に到着し、ふみちゃんが心肺停止したのが19時19分でした。 「朝、家を出るときにばーばが言ったのが『今夜ごはんどうするの?』だった。『冷蔵庫に書いて貼ってあるから!』・・・それが最後の会話。」  おかあさんはいつもごはんの心配をしている - トーベ・ヤンソン  帰宅して、こどものように穏やかに眠るふみちゃん。 翌日つまり本日、あれこれの手続きや買い物など奔走し、月子とはなこが夕刻に到着しました。夕食は餃子。根菜サラダのネギ油ドレッシング。まぜご飯おにぎり。野菜スープ。大西さんも加わり、生前のふみち...

梅津ウィスキー会 ブッシュミルズ

久々の梅津ウィスキー会であります。今回はアイリッシュ。 アイリッシュというのは、スコッチを作る工程から「ピート(泥炭)で麦芽を焦がす」という工程を省いたもんやと理解しています。もっとも「省いた」というのはスコッチから見た言いかたで、我が友バリー・マクネリスならぜったい「スコッチどもが麦芽を焦がすという工程を付け足したんや」と言うに決まっている。ま、スコッチとアイリッシュの酔っ払いの殴り合いに関わりあいたくないので、どっちでもよろしい。 ちなみにバリー(バーソロミュー)という名前も、マクネリス(ネリスの息子)という名前も、バリバリのアイリッシュです。同じ時期に同じ所で知り合ったフィンバアア・オ・ドハーティーという人がいた。これもバリー以上のアイリッシュ(バリーがそう言ってた)だそうです。 スコッチの海藻臭さというかヨード臭は、海岸で採取される泥炭から来てる。アイリッシュはそんなもんがいっさいない。純粋に大麦の酒を楽しむことができる。たしか2006年ごろから数年間、我輩はジェームソンを飲みまくった。当時ジェームソンは1200円くらいの安酒で、うまかったから。当時お向かいに住んでいた梅津爺はスコッチ党で、我輩はアイリッシュだった。懐かしいね。 飲んでみると、うん、アイリッシュだ。懐かしい。 スコッチを飲むと、なんだかつまみが欲しくなりませんか?いかり豆とか、チョコレートとか、ナッツ類。ピーなし柿の種もいいし、わさび伝六豆もいい。堅揚げポテトブラックペッパーもいいし、極細チョコポッキーもいい。ゴータチーズもいいし、チェダーチーズもいい。 でもアイリッシュだとなぜか、つまみが欲しくならない。 純粋に酒だけ楽しむ。アル中向きかもしれないな。