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ロールキャベツ。すずきの油葱。などなど。

朝は花パン。ごまをいれたので少し重くなりました。お昼はラーメン。午後に月花をかれーしゅー宅におくり、その足で魚屋。すずきを1匹、内蔵とうろこを取ってもらいました。夕方、かれーしゅーご一家が花姫を送り届けてくれましたので、夕食をご一緒に。すずきを清蒸し、葱とにんにくを揚げた油をかけました。そして白身と葱と汁をごはんにかけてがつがつ食べ、ようやく元気になりました。 じつはどうしたことか朝から元気がなく、やる気のあんまり出ない日でした。どうやら中国が相当こたえたようです。上品なところでしか食事をしなかったのですが、生がきとか、それ以外の料理に使われていた油のレベルなどが身体に負担だったのではないかと推測します。白酒はたしかにたくさん飲みましたが、それ自体はかなり純粋なアルコールなので、糖分を含んだ紹興酒などよりもよほど身体への負担は軽い筈です。となるとやはり犯人は食事ということになります。 かれーしゅー宅からはロールキャベツと、かわいくて美味しいケーキをいただきました。 美人妻が試験勉強のあいだ、子供を遊ばせてもらったお礼にと招いた夕食でしたが、それで元気になりました。

厚揚げと野菜のあんかけ。鶏肉と大根。

ホテルで腐乳皮蛋粥、肉包子、コーヒーなどの朝食を済ませ、工場関係者の自動車に乗って一路上海の龍陽駅に向かいました。我々は来た時と逆の公共交通機関ルートを辿りたかったのですが、どうしてもということで甘えることにしました。しかし長距離運転(約300km)につきものの運転役の居眠り、そしてそれを回避するための必死の声かけと、マレーシアとインドネシアでこりごりした経験をぶり返すことになり、おまけに慈渓人は上海トラフィックに慣れていないらしく、龍陽駅についたのは公共交通機関ルートと同じ時刻でした。 自動車なら早く着くはずだから、龍陽駅の近所で蘭州拉麺でもさがして喰ってやろうと、ボスと画策していたのですが、結局すぐにリニアモーターカーに乗って空港に行き、そこの味千ラーメンを食べました。 ボールド字体で大書すべきは、「 上海蒲東空港第2ターミナルの味千ラーメンの叉焼麺は、メニュー写真に偽りあり 」ということでしょうか。直径4センチメートルのしょぼい叉焼がたったの3枚というのが事実で、それならレギュラーのラーメンを頼んでいました。そして春巻きが春巻きではなく揚げドーナツだったとはいえ、空港で20数人民元でまあまあのラーメンが喰えるのですから、第1ターミナルの食堂(ラーメンが50元)よりよっぽどましというのは確かです。 やっぱり地味な中国国際航空は帰りが買い物ツアーの中華マダムたちで満席でした。身動きできないクルマから身動きできない飛行機に乗り、配られている肉パンの脂が濃いと判断したのでお茶だけにしておき、2時間20分で成田に着き、京急とJRを乗りついで帰宅しました。こどもたちが紙吹雪と壁のポスターとお手紙で出迎えてくれましたので、北岸のドライブインで買い求めた量り売りのお菓子をあげました。 そして美人妻の手作りの料理を食べました。

中華。中華と白酒。

朝はホテルですいか、コーヒー、肉包子、菜包子、やきそば、お粥などをすこしずつ食べました。お粥には腐乳と皮蛋を入れて食べましたが、とてもおいしいものでした。腐乳というのは、沖縄料理にも「とうふよう」という名前でありますが、硬い豆腐を発行させた美味の食品です。 午前中に田んぼのなかの工場でかなり煮詰まったセッションを行い、お昼になりましたので、その村の海鮮料理屋に行きました。このあたりは杭州湾に面している湿地帯で、クリークが縦横に走っています。報道などで見られる虹色の川はなく、クリークはどれも健全な泥色をしていて、田螺や蛙や泥鰌がたくさん住んでいて活発に活動していそうです。塩辛い海があり、淡水の川があり、両方が交わる気水があり、泥があり、山もあり、田んぼもあります。とても豊穣で、人々もせかせかしたところがありません。 この料理屋では魅力的なものがいくつかありましたが、蛙とスッポンは同行したボスが「喰わん」と主張するのであきらめ、一見泥のかたまりのような、じつは微細な蝦が集まった味噌のような物体は、店のほうから「今日のはあんまり新鮮じゃないから」といわれてあきらめました。 店ではスプライトの大きなペットボトルにいれられたどぶろくをすすめられましたが、午後の仕事に差し支えそうな甘さなのでやめました。 夜はやはり工場関係者と慈渓市街地の中華。ここでは念願の3臭、すなわち臭豆腐、臭冬瓜、臭芥菜(寧波語ではんつぁい)に巡り会い、ボスは「俺は喰わん」といいましたが、「たまにしか来ない中国で3臭が揃うのは稀で、グルメたるもの匂いを嗅がないでおくと一生の恥ですよ」というと、遠くから匂いを嗅いでいました。臭豆腐は匂いのおだやかな厚揚げバージョンもあり、ボスはそれならとぱくぱく食べていました。スズキのような白身の魚は油葱仕立てにしてもらい、それ以外にもらっきょうのような玉葱とかいろいろなつけあわせがあり、白酒とともにおいしく頂きました。圧巻はこのあたりの名物、東玻肉でありまして、これは我が国では「豚の角煮」という名前で一般的ですが、どうやらこちらのものは蒸して脂を落としてから煮てあるらしく、濃厚かつ淡白な美味に唸ってしまいます。

中華と白酒

朝4時に起きて駅まで美人妻に送ってもらって電車で空港に行き、冴えない塗装の中国国際航空にのって上海に行きました。途中で五香粉の香りがする牛肉麺を機内食で食べました。上海の埔東空港について、磁懸浮(リニアモーターカー)にのって龍陽駅まで行き、そこからタクシーにのって上海南站に着き、1時20分発の切符を買ったら5分後の発車でした。急いでゲートに行ったらふつうのカジュアルなおばさんがいて、「慈渓はこちらだよ」と叫んでいます。バスに乗って一路西に走り、北岸というステーションで数分休憩してから全長30何キロメートルの杭州湾大橋を渡って慈渓の長途客站(長距離バスターミナル)に着き、そこからタクシーに乗ってようやく慈渓新錦店酒店についたら午後4時でした。 1泊228元だけどそこそこ豪華なホテルにチェックインしたら、翌日訪問予定の工場関係者から連絡があり、5時に打ち合わせを兼ねて夕食をとることになりました。場所はホテルの海鮮食堂。氷にねそべっている魚を品定めして好きな料理法で注文する店です。そこで瀘魚の清蒸、酔蝦などを頼みました。相手方が気を遣って盧州老窖という白酒を頼んでくれて、それで乾杯しました。これは濃香型の38度で、馥郁とした香りが漂い、淡白でとても美味しい酒でした。生で食べる貝を注文したと言われましたが、出てきたのを見ると生ガキでした。

江戸川台の居酒屋

ボスに誘われて江戸川台の居酒屋。湯豆腐、刺身などなど。一風変わった居酒屋で、中国電視台のニュースを流していました。ニュースでは中国人が、円名園から盗まれた彫像がクリスティーズでオークションにかけられるのはけしからんと怒っていました。

トマトソースと鶏の手羽元のパスタ。ブロッコリのサラダ。薄揚げとひじき。

朝から冷たい雨が降った日でした。工場ではいちばん大きな機械を移動させ、表面処理棟では薬品を環境にやさしいものに切り替えていました。工場がどんどん進化していきます。 我が輩は降って湧いたような出張案件で上海行きのチケットを取ったりホテルを予約するのでばたばたした日でもありました。帰りのバッグはカタログやサンプルでずっしり重くなりました。 帰宅すると美人妻がおいしそうなパスタをつくって待ってくれていました。花姫はレストランごっこをしていて、メニューをみせてくれました。月姫もバレーから帰ってきて、みんなで晩ご飯を食べました。それから、小粒ですがおいしいいちごと、いただいたケーキをたべました。

小籠包。スープ。

朝は美人妻とふたりだけでなま卵ご飯をたべ、今日も学校の美人妻を送り出しました。 小籠包キットをつくり、お昼前にかれーしゅー宅に出張し、小籠包を14個や和菓子などつくってみんなでいただきました。子供たちはまだあそぶつづけていますので、いったん帰宅してキッチンの修復などして、夕方にまた迎えに行きました。 帰宅してお昼の残りの具で肉うどんでもつくろうかと準備していると、とつぜん足立区の美佐江と呼ばれている義妹の声がしました。 「ガレージにクルマ停めさせてー。」 「はやまるな!考えなおせっ!長男の嫁とゆっても・・」 と言いかけて、ガレージにクルマを入れてるのはどうやら旦那のPちゃんみたいだったので、言わずにおいてよかったと思いました。 ほどなくお向かいさんから電話があり、「晩ご飯はなになのか?」というご下問です。 「肉うどんの予定でございます。中華風です。」と言上すると、 「肉うどんをやめてスープにしてうちにもってきてみんなで食べるように。」 という指令が発せられましたので、あわてて肉も野菜も3倍に増量してスープにしてもっていきました。あたふた準備をしていると美人妻から電話がありましたので、経緯を説明し美人妻は駅前でケーキを買うことになりました。 そしてお向かいさん宅でスコッチをしこたま飲み、予定では肉うどんだけだったはずなのにすばらしく贅沢になった夕食をいただき、こどもたちもおいしいお菓子を頂き、我が輩は上等のスコッチをたくさんいただき、酔っぱらって帰宅しました。