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うなぎ。水菜サラダ。

日曜日。朝、3人娘をバス停に送り、内儀とドライブ。舟山十字路。お昼前後にベランダのすだれ吊り作業。いままで設置していたすだれをBBAが撤去したのは、「夏がもう終わる」と思っていたからとのこと。涼しい富士見高原ならではこととはいえ内儀には衝撃だった、と。午後は居眠りなど。夕食は土用の丑に1日遅れてうなぎ。水菜サラダ。岡谷にはうなぎで有名な店があるのだとか。

ざるそば

土曜日。朝、塩尻まで高校体験授業に行くはなこと月ちゃんを駅に送りました。それから月子をつれて恒例水汲み。お昼は冷たい豆乳うどん。夕刻から富士見おっこー祭り。黄昏どきに雨。雨でもみんなひたすら踊りつづける奇祭といえば奇祭ですなー。夜、帰宅してからざるそば。

海鮮コロッケ。玉ねぎじゃがいも煮。ブロッコリとトマトのサラダ。

木曜日。曇りときどき晴れ。甲信越で梅雨があけたそうです。午前11時はなこの学校面談。お昼はつめたい豆乳うどん。午後、はなことドライブ。駅の観光案内所、図書館、酒屋をめぐり、茅野のオギノでジェラート。我が輩はマクドのコーヒー。帰路、農場で卵を買い求め、内儀と月子を拾って帰宅。夕食は海鮮コロッケ。玉ねぎじゃがいも煮。ブロッコリとトマトのサラダ。

枝豆。あさりの酒蒸し。豚肉と巨大ズキニーの煮物。まぐろ叩きと山芋おろし。

お昼は角上の巻き寿司。午後、月子の学校で面談。帰路、道端の店ですいかと枝豆を購入。 夕刻帰宅したら、玄関前に野菜をいれたビニール袋がおいてありました。中身はきゅうり、なす、トマトなどふんだんにありました。内儀が心当たりに電話しましたが、誰が置いたのかよくわかりません。原村親善大使閣下によると、 「よくあること。」なのだそうです。 農家とか農家の親戚の人が、とれすぎた野菜を配ってくれるみたいです。リアル野菜サンタクロースやん。 「そのうちに電話があって、『どうだった?』と尋ねる人がいる。」のだとか。 ジャン・バルジャンが長野県に生まれていたら、飢えることもなく、パンを盗んでブタ箱に入れられることもなかっただろうに。そしたら名作レ・ミゼラブルも生まれなかったにちがいありません。当時のフランスもいまの日本の都会と同じく殺伐とした社会的雰囲気だったのかもしれない、と内儀と話しました。 夕食は枝豆。あさりの酒蒸し。豚肉と巨大ズキニーの煮物。まぐろ叩きと山芋おろし。内儀いわく、「あさりと豚肉は豆腐鍋にするつもりが油断した」のでBBAに使われてしまったのだそうです。BBAの料理はたいへん旨いからええじゃないか、というのがこのところふたりの共通了解事項になりました。

鶏肉と厚揚げとナスの揚げ浸し。ソーセージ入りズキニー炒め。茹で蛸。 きゅうりのかき油胡麻和え。

火曜日。雨のち曇り。朝から図書館。お昼は駅そば。午後も図書館。夕刻内儀と月子を出迎え。夕食は鶏肉と厚揚げとナスの揚げ浸し。ソーセージ入りズキニー炒め。茹で蛸。 きゅうりのかき油胡麻和え。原山智・山本明「超火山槍・穂高」を読んで就寝。