12月4日に内儀が緊急入院したので、自分とおかんのために飯をつくることになりました。カンが戻るまで、さてどうしたものやらと胸に思案の月を見る。
最初は白湯スープのキューブみたいなのを買ってきて、鍋に白菜とか豆腐をいれてつくっていました。でも、ああいうのってすぐに飽きるんだ。
そのうちにカンが戻ってきました。内儀が代替医療の学校に週末通っていた2年間ほど、ずっと月花のために食事をつくっていたときのカンみたいなもの。
カンがもどったのはいいとして、細川農園から届く野菜。そして、お向かいさんから頂く野菜。農園とは毎週サブスク。お向かいさんは玄関の前においてくれます。頭のなかは白菜と、大根と、にんじんと、玉ねぎと、ジャガイモと、さつまいもと、赤大根のことでいっぱい。
それから、月子の同級生のママ、スーザンさんから届く箱いっぱいの無農薬柚子。
ようつべでシクロエの家というのを見ながら、白菜と大根を柚子で漬け込みました。にんじんはスライサーで細かくして、地元スーパーのツルヤで売っている、人口調味料なしの発酵つけ汁に漬け込みました。もう冷蔵庫は漬物だらけ。ま、玄関は冷蔵庫みたいに寒いので、放置してもいいんだけど、それでなくても野菜と、頂き物の酒でいっぱいやし。
さらに余る大根は、3等分して、ひとつひとつの皮をぶあつめに向いて、さらに3等分して昆布と煮ました。これ、おかんの大好物。おかんのいいところは、食べたあとすぐに何を食べたか忘れてくれるので、毎回おんなじメニューでもOK。いっぽう困ったところは、煮た大根をひときれ食べるたびに、おかんのおとうさん、つまり千船のおじいちゃんが煮た大根がうまかったという思いで話を聞かされること。大根1本で3x3=9個の大根煮ができて、我が輩もひとつふたつは食べるものの、大根2本分-我が輩のぶん3個=15回くらいは同じ話を聞かされるのは、かなり根気と忍耐の修業です。
さて、漬物と煮大根あわせて大根数本分の皮がのこりました。これもシクロエさんのレシピで、ごま油でいためてみりん醤油日本酒で味付けし、ゴマをふりかけました。これはちょっと歯ごたえがあるので、おもに我が輩が食事と弁当で消費しました。
そう。弁当。内儀が入院前に、「緊急事態のために、下諏訪駅ちかくで調達できる弁当を調査しておくように」とのことでした。さいわい通勤途中に「すわむすび」というおにぎりやさんができたのを知っていたのですが、けっきょく「すわむすび」の世話にならず、ほぼ毎日弁当をつくっていました。
弁当をダイナマイト級にうまくしてくれたのが、塩沢温泉で売っているししゃもの佃煮。
さて、「ほぼ毎日」といった弁当生活ですが、唯一弁当をもっていかなかったのが12月25日。この日は会社負担で弁当がでました。下諏訪のキッチンマムの仕出し弁当。下諏訪町東赤砂。いやあ、うまかったなあ。きほん幕の内ですが、どの総菜もすべてうまいなんて、そこらの1500円駅弁でもありえません。それを(また聞きのはなしですが)1000円未満で実行するとは、すばらしい。自分で弁当をつくっていると、そういうのに感動できるようになります。
ちなみに内儀は12月24日にぶじ退院し、自宅でリハビリしています。入院した日とか翌日は、いわゆるスパゲティ状態で、酸素吸入器やらモニターやら点滴やらディスペンサーにつながれていて、痛みで憔悴した様子をみて、いつかこんなかたちでお別れがくるのかな、と思いました。こんな素敵でやさしい内儀と。
膵炎というのは、死ぬ病気だそうです。生きて帰れてよかった。
別に大量のアルコールを摂取したわけではないので、アルコール性ではなく、胆石が詰まっているわけでもないので、胆石由来でもない。それ以外を突発性といって、これが人数的に第1位だそうです。アルコール性が第2位。これは、退院したら飲酒再開みたいな依存症的な人が多く罹るそうです。そして第3位の胆石は、胆管につまった胆石が膵液を止めてしまい、膵液が逆流して膵臓を溶かしてしまうという悪質なやつです。
「まあ、お正月ですからグラスいっぱいくらいのワインなら」というリラックスした感じの担当医の先生のコメントでしたが、念のためノンアルをそろえました。アサヒのなんたらというノンアル、我が輩も試飲しましたが、うまいね。これ、ほぼビールやん。よっぱわらんけど。すごいね。
月花が帰省して、お正月の準備を手伝ってくれました。
コメント