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6月, 2025の投稿を表示しています

冷奴。カボチャのそぼろ煮。フキ煮。きゅうりと人参のピリ辛浅漬け。茹でとうもろこし。大根粥。

クリーブランドからシカゴ。シカゴでさすがに腹が減ったのでコーヒー。網ちゃんとクリームチーズベーグルをわけわけしました。シカゴから約13時間のフライト。羽田に着いて税関を出たら予想通り日曜日の午後5時ちょっと前。新宿6時の特急あずさで小淵沢。内儀が迎えにきてくれていました。帰宅して夕食は、冷奴。カボチャのそぼろ煮。フキ煮。きゅうりと人参のピリ辛浅漬け。茹でとうもろこし。大根粥。 やっぱり日本がいい。出張はこれから、せいぜい松本くらいにしてもらおう。  

UAの機内食

翌朝は3時起き。5時に迎えに来たウーバーの運転手が中国人。張さんか洪さんか、張宏さんか、洪章さんか。よくわからないけど、2007年にニューヨークのフラッシングにやってきて、そこで5年働いてからクリーブランドに来てはや13年。アメリカにくる前は石川県金沢市で1年間、足場を組んでいたらしい。英語は下手だけどウーバーなら稼げるんだと。 うーむ。我輩は自分が四半世紀前にアメリカに見切りをつけた頃のことを思い出してしまいました。お互いに搾取する同胞。非合法化、あるいは半合法移民がいなければ成り立たないアメリカの中産階級の暮らし。  メンターは人口4万人、ペインズビルは人口2万人。90%が白人の、レイクサイドの製造業の街。みんなまじめに働いているのは、諏訪とよく似ています。こんなアメリカを見たのは事実上はじめてでした。通訳で、この近所のロチェスターとかバファローきたことはあったけれど、どっぷり数日間をふつうの製造業の人たちと過ごしたのはほんま初めて。しかし車で30分のクリーブランドは、人口比の犯罪率は全米で6位なんだと。 いろいろと感慨深い旅でした。 ユナイテッドエアの機内食も悪くなかったですぞ。 

ビフテキ

 4日めの木曜日。早いめに仕事が終わったので、ラスは我々をエリー湖が見える観覧台に連れて行ってくれました。それからクリーブランドのロックンロールの殿堂。いやー、感動しましたぞ。意識が青春時代に戻りました。内儀と月花にお土産など調達。それからラスは我々を、メンターのテキサスロードサイドステーキハウスに連れて行ってくれました。内装も雰囲気も、映画ブルースブラザーズのあれ。ビール瓶が飛び交うやつ。我輩は16オンスをミディアムで注文。サイドはシーズンドライスとシーザーサラダ。 もちろんサイドはテイクアウト前提で、ステーキに挑戦。完食。いや、美味かった。我輩はニューヨークのステーキのたいていの名店は行きましたが、記憶が正しければ、そのどれよりも美味かった。やはりアメリカ料理は概して進化している。  

用務先で昼食:不思議な中華

3日めの水曜日。お昼は不思議な中華。いやそれが、とても美味くて病みつきになりそうなくらいでした。見ためもメニューも中華なんだけど、いわゆるアメリカの見た目だけの中華と違って、見た目は中華なのに味はギトギトしてなくてとても美味しい。アメリカの料理レベルは本当に進化しているようです。 夜はやはり、カップ麺、黒ビールとカムチャッカで爆睡。

用務先で昼食:地中海ビュッフェ

2日め火曜日のお昼は、やはり会議室でランチ。その日は地中海風のビュッフェで、ミートボールを食べたらチュニジアに飛んで行ってしまいました。とても美味しく、最近のアメリカ料理の進歩に感心しました。 ところで前日、マイヤーというスーパーで調達したのが不思議な黒ビールと、カムチャッカというウォッカ。黒ビールはYuengLingという、どう考えても中華とか思えないブランド。そしてカムチャッカというサトウキビから作られた酒は、たったの20度。うむ。

オハイオ州ペインズビルの用務先で昼食:ピッツア

月曜日。用務先で歓待され、仕事のセッションのあとお昼。アメリカンサイズのピッツア。これがとても旨く、ニューヨークを思い出しました。四半世紀前のニューヨークでは1ドル50セントくらいだったピッツアのスライスが、いまオハイオの郊外で2ドル50セントくらいになっているそうです。腹が減ってパクパク食べたので写真はありません。帰路、送ってくれたラスがメイヤーズというスーパーマーケットに立ち寄ってくれたので、ベーグルやあれこれを調達しました。これで朝食は心配なし。夕食は持ち込んだカップラーメンを食べて爆睡。  これから数日間、我々の朝食はベーグルとクリームチーズ、イタリアンソーセージ、そして大袋で買ったベイビーキャロットをウサギのようにカリカリと齧りました。 

オハイオ州メンターのハンプトン・インで朝食

 日曜日に用務先が用意してくれたホテルに着いたら、フロントが開いてなくて、仕方がないのでそのすぐ近くのハンプトン・インにチェックイン。ここは清潔で快適なホテルでした。 フロントでビールを買い、網さんと乾杯。とりあえず安着。翌朝はホテルで朝食。 

アジアタウンのカフェでまずいコーヒー

 アジアフードカンパニーから10分ほど歩いて薬局の入っているモールに到着。薬局で北米産朝鮮人参を調達。北米産は他のどことも異なる薬効があるそうです。そのモールのベーカリーでコーヒー。まずかった。 ここの中華系は、経緯は全然知らないのですが、広東語訛りの英語を話します。第1世代?何で今頃?  

クリーブランドのアジアタウンでフォー

日曜日は調整日。ウーバーでアジアタウンに向かいました。アジアタウンと言っても普通の住宅街で、所々にそれっぽい建物があります。その一つがアジアフードカンパニー。3階建てのビルは、アジア食料品店だけでなく、レストラン、合気道の道場、ダンス教室などいろいろなことが行われています。フォーを賞味。月子が内儀のお腹にいた頃よく行った、ブルックリンのバス停近所の店の味を思い出しました。  

クリーブランドのダウンタウンのホリデイインで朝食

シカゴで乗り換えてオハイオ州クリーブランド。4時間も乗り換え時間があったのに、セキュリティーチェックの行列できつきつ。20時35分に空港にタッチダウンし、ダウンタウンのホリディインにチェックイン。おそらく築100年くらいの古いビル。アメリカの大都会の古いビルにつきまとう、こびりついた汚れと消毒剤の匂い。無駄に部屋に入ると汚い窓。網さんとホテルの斜め向かいのドラッグストアで買い物。もちろん信号は無視どころか、ブロックの真ん中で横断。 翌朝、朝食は期待していたほどひどくはなく安心。  

特急あずさでおとなの牛めし

6月21日の土曜日。内儀に小淵沢まで送ってもらい、10時52分の特急あずさ。小淵沢の売店で「大人の牛めし」を調達して、車内で賞味。牛肉がめっちゃ入ってて、ボリューム満点。1500円くらいしたけど、大満足。あずさで新宿、山手線で浜松町。モノレールで羽田。同僚の網ちゃんと合流し、17時15分のUA882便でシカゴ。このトシで12時間のフライトはきつい。

マグロのかま。洞沢豆腐店の手ひねり揚げ。たくあん。ささみときゅうりの春雨サラダ。

狂犬イスラエルがイランを攻撃した翌日の日曜日。日本の諏訪地方は曇り時々派手な雨。前日の松本はどえらい風でしたが、諏訪は平和。 だいたい引きこもっていた日曜日。夕方に缶詰など調達に出たくらいです。なんで缶詰かというと、金曜日に休んだ我輩が、昼飯に賞味期限3年超過のサンマ蒲焼の缶詰を食べたから。 内儀「もう食べちゃったの?まだ3年じゃん。」 我輩「いや、おかんとかに食べさせて、96歳が賞味期限3年越えのサンマ蒲焼缶詰で死亡、何ちゅうことになったらあかんと思うて、試しに食べてみたんや。」 内儀「もうちょっと寝かしたら、もっと美味しくなるっていうよ。魚の缶詰会社の人が。」 我輩「それは残念なことをした。スコッチなみに10年は寝かさんとな。」 というわけで、在庫を追加したということです。 さてさて、日曜日のメニューは、例によって夫婦ともにあんまりやる気がなく、まず作り置きのささみときゅうりの春雨サラダ。これがまた美味いんだ。それで内儀とおかんはビール、我輩は色々焼酎のソーダ割り。ちなみにおかんは韓ドラに熱中してて、何を食って何を飲んだからおぼえてない。 我輩は湯を沸かし、洞沢豆腐店で調達した手捻り揚げの油抜きをしてから、ガスオーブンで軽く焦がしました。これを辣油で食べるのが最高。焼酎のストレートが似合います。魯迅は紹興酒だったけど。 そして、マグロのカマが焼けました。内儀があらかじめ粗塩と胡椒をガリガリ振りかけてくれていましたが、我輩はそれにちょっと醤油を添加。うーん、旨味が炸裂します。カマ、ご飯、たくあん。かま、ご飯、たくあん。魚の焦げと、炊き立ての飯と、発酵食品。いやほんま、コリアンが世界どこにいってもキムチを手放せないという気持ち、よーくわかります。ご馳走様。